干支の話
十二支の話題は、年が暮れ明ける頃に特に人の口に上るものです。年を十二年で一巡りとして、十二種類の動物が割り振られているのは、 みなさんご存知のことでしょう。その年の干支(えと)の動物を年賀状にデザインするのは日本では非常にポピュラーです。  けれども、よくよく考えてみますと、十二支を表す漢字は

   「子(シ)、丑(チュウ)、寅(イン)、卯(ボウ)、辰(シン)、巳(シ)、午(ゴ)、未(ビ)、申(シン)、酉(ユウ)、戌(ジュツ)、亥(ガイ)」で

   「鼠(ね)、牛(うし)、虎(とら)、兎(う)、竜(たつ)、蛇(み)、馬(うま)、羊(ひつじ)、猿(さる)、鶏(とり)、犬(いぬ)、猪(い)」ではありません。

   "子"は"ネ"とも"ネズミ"とも読めませんし、そんな意味もありません。なのに、どうしてそれらの漢字が当てはめられているのでしょうか?

 実は、「子、丑、寅……」の方がオリジナルであり、「鼠、牛、虎……」の動物は、それに後から当てはめられただけのものなのです。

 十二支とは、元々は十二年で天を一周する木星(または、木星に比した想像上の星、歳星)の年ごとの位置を示すために十二分した天を表す、古代中国の天文学での数詞(「1、2、3…」や「a,b,c…」のようなもの)だったと言われています。つまり、木星が申の天宮(区画)にある年なら申年、というわけです。十二支の一回りとは、木星が軌道を一周する期間を意味しているのですね。(正確には十一.八六年で一周するそうです。)いつ頃成立したのかは定かではありませんが、殷代には既に使用されていたと言われています。

 このように、十二支とは「年」を数えるための数詞だったのですが、やがて、「月」を数えるための数詞として用いられるようにもなりました。その当てはめ方は、十二支に東西南北の方位を割り振ったものに由来するようです。昇ったばかりの北斗七星の柄が子の方角を指している月を子月とする、といった具合です。また、十二支の漢字には、元々季節ごとに移り変わる植物の様子の意味がありますので、それに月を当てはめたということもあるかもしれません。

寅…旧暦一月。草木が生え始める月
卯…旧暦二月。草木が地上を覆う月
辰…旧暦三月。草木が整って活力盛んな月
巳…旧暦四月。草木の勢いが最高になった月
午…旧暦五月。草木の勢いがちょっと衰えた月
未…旧暦六月。果実が熟れて美味しい月
申…旧暦七月。草木のとうが立って硬くなっている月
酉…旧暦八月。果実が熟れ過ぎている月
戌…旧暦九月。草木が枯れる月
亥…旧暦十月。草木が枯れ果てて冬ごもりしている月
子…旧暦十一月。新しい命が種の中に生まれ始める月
丑…旧暦十二月。芽がほんのちょっとだけ萌え始めた月

 方角を十二支で表すことはよく浸透していて、今でも南北に貫く経線を「子午線」などと言ったりします。

 なお、十二支は時刻を表すための数詞にもされました。これは「草木も眠る丑三つ時…」などという言い回しや、「午前、午後、正午」などという言葉で、日常に使われています。

 ところで、「日(太陽の巡り)」を数えるための数詞には十干(じっかん)がありましたが、既に殷周の頃から十二支はこれと組み合わされて、様々な期間を表す数詞としても使われていました。

 十干とは、甲(コウ)、乙(オツ)、丙(ヘイ)、丁(テイ)、戊(ボ)、己(キ)、庚(コウ)、辛(シン)、壬(ジン)、癸(キ)の、十で1セットの数詞です。日本では、かつて学校や軍で成績や等級を表すのに使い、今でも酒類の等級などに使われていますが、本来は、一ヶ月を上旬、中旬、下旬と十日ずつに分けた、その十日一単位の中の日を数えるためのものです。

 この十干を陰のグループ(乙・丁・己・辛・癸)と陽のグループ(甲・丙・戊・庚・壬)に分け、同じように十二支も陰(丑・卯・巳・未・酉・亥)と陽(子・寅・辰・馬・申・戌)に分けて、陰干と陰支、陽干と陽支、同じ属性のグループ同士を組み合わせます。違う属性では決して組み合わさせません。例えば"乙丑"とか"甲子"といった具合です。まず陽の組、次に陰の組と、属性を交互に、頭から順番に組み合わせていって、一方の数詞が終わりまで行ったら頭に戻るという風にしていきますと、全部で六十通りの組み合わせになります。これを使って、六十年一回りの年、六十日一回りの日という単位を作りました。六十歳を"還暦"と言いますが、これは六十年で一回りの暦が終わり、再び暦の頭に還ったことを意味しています。これを使って年月日を数えるというわけです。例えば、甲子園球場の名は、大正の甲子の年に完成したことに由来しています。

 この、十二支と十干を組み合わせた十干十二支を、一般に干支(えと)と呼んでいるのです。「あなたの干支は何ですか?」と尋ねられましたら、2004年に生まれた人なら「甲申です」と答えなければなりません。もっとも、今現在の日本で、こんな風に即答できる人は、まずいないだろうと思うのですが……。大抵は十干を省いて「申年です」と答えるでしょうし、それは年を数える際でも同じです。「2004年 甲申年」などと年賀状に書く人も恐らくはいないでしょう。

 干支は、漢代になると陰陽五行説と結びつき、更に細分化していきました。十干を頭から二つずつ、木、火、土、金、水の五つの属性に分け、それを陰と陽で区別しました。たとえば、木の属性には甲と乙が割り振られ、陽を甲、陰を乙としました。つまり、甲は「木の陽」となります。同じ木の属性でも、陽たる甲は大樹、陰である乙は小さな木、という意味が与えられたのです。

 日本では、陽を「兄(え)」、陰を「弟(と)」と呼びました。甲は「木の陽」、日本では「木の兄(きのえ)」となります。そんなわけで、日本では十干十二支を読むときには、「甲申(こうしん)」なら「甲申(きのえさる)」とします。乙は"きのと"、丙は"ひのえ"、丁は"ひのと"、戊は"つちのえ"、己は"つちのと"、庚は"かのえ"、辛は"かのと"、壬は"みずのえ"、癸は"みずのと"というわけです。本来は干支(かっし)と読むべきところを干支(えと)と読むのも、「兄弟(えと)」からきているのでした。

   さてさて、こんな十二支ですが、なんだかんだ言っても今現在の日本ではやはり、「鼠、牛、虎…」の十二種類の動物を思い浮かべるのが一般的かと思います。一体どうして、これらの動物が十二支に当てはめられるようになったのでしょうか。

 初めて十二類(十二支獣)が文献に現れるのは後漢の『論衡』だそうで、一般に、作者の王充(おういつ)が民衆に十二支を浸透させるべく、抽象的な数詞を覚えやすく馴染み易い動物に替えたものなのだろう、と言われています。とくれば、恐らくは当時の民衆に馴染みの深い、人気の動物ばかりをセレクトしたのでしょうね。想像上の動物の竜が入っているのは、ご愛嬌と言ったところでしょうか。

 十二類の十二支が日本に伝わったのは六世紀半ば頃ですが、江戸時代には民衆の間にしっかり浸透しました。本来の数詞としての使用の他に、「お前はサル年だから手癖が悪い」「あの人はヘビ年だから執念深い」などと普通に言われるまでになったのですから、少々方向がずれはしましたが、王充も仕掛け人として満足でしょう。

 王充が何故あれらの動物を選んだのかは、本人にしか分かりません。しかし、「どうして十二支の動物はあの十二種類なの?」という疑問は昔から多くの人が抱いていたと見えて、こんな民話も伝わっています。

十二支の由来

 昔々の大昔のある年の暮れのこと、神様が動物たちにお触れを出したそうな。

「元日の朝、新年の挨拶に出かけて来い。一番早く来た者から十二番目の者までは、順にそれぞれ一年の間、動物の大将にしてやろう」

 動物たちは、おらが一番とて、めいめいが気張って元日が来るのを待っておった。ところが猫は神様のところにいつ行くのか忘れてしまったので、ねずみに訊くと、ねずみはわざと一日遅れの日を教えてやった。猫はねずみが言うのを真に受けて、喜んで帰っていったと。

 さて元日になると、牛は「おらは歩くのが遅いだで、一足早く出かけるべ」とて夜のうちから支度をし、まだ暗いのに出発した。牛小屋の天井でこれを見ていたねずみは、ぽんと牛の背中に飛び乗った。そんなこととは知らず、牛が神様の御殿に近付いてみると、まだ誰も来ていない。我こそ一番と喜んで待つうちに門が開いた。とたんに牛の背中からねずみが飛び降り、ちょろちょろっと走って一番になってしまった。それで牛は二番、それから虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の順で着いた。猫は一日遅れで行ったものだから番外で仲間に入れなかった。それでねずみを恨んで、今が今でもねずみを追い回すのだそうな。

 これは福島県のものですが、類話は日本全国に伝わっており、他に、遅れてきた猫が神様に「顔を洗って出直して来い」と怒られて、以来猫が顔を洗うようになったとか、猫がお釈迦様の薬を取りに行ったねずみを食べてしまったために十二支に入れてもらえなかったなどと語るものもあります。この類話は中国、朝鮮半島、モンゴル、中央アジア、ロシア周辺にも伝わっており、殆どのものが「猫とねずみが敵対することになった由来」か「ねずみが牛にくっついていって一番になる」ことを語る話だそうです。(モンゴルの話では、ねずみに負けて十二支に入れなかったのはラクダなのだそうですが……。ラクダが十二支獣の全ての特徴を持つ、という由来話になるようです。)

 「どうしてネコ年はないの?」とは、誰でも一度は疑問に思ったことではないでしょうか。そのことを、この民話は証明しているように思います。後漢の頃は猫がポピュラーでなかったのか、王充が猫嫌いだったのか。昔からあちこちの国の人たちがみんな、「なんで猫は十二支に入ってないのかなぁ〜」と思っていたのでしょうね。それだけ猫が身近で人気の高い動物だということでしょう。

 しかし、ここで注意をば。

 実は、この世に「ネコ年」というものが存在しない……というわけではないのです。

 十二類の十二支は中国から周辺各国へ広まっていきましたが、それらの国の幾つかでは、ちゃんと猫が仲間に入った十二支が伝えられているのでした。



  世界の十二支
*同じ国の中でも複数の意見がある場合がある。
 なお、中国語では「猪」とは「豚」の意味。 国 十二類の内容
日本 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
中国 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
台湾 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
韓国 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
モンゴル 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
鼠、牛、豹、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
チベット 鼠、牛、虎、猫、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、豚
タイ 鼠、牛、虎、猫、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、豚
ベトナム 鼠、水牛、虎、猫、龍、蛇、馬、山羊、猿、鶏、犬、豚
ベラルーシ
(白ロシア)
鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、豚
鼠、牛、虎、猫、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、豚
ロシア 鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪


   牛と水牛、羊と山羊、猪と豚、虎と豹は大した差異ではない(同一視されていたり、混同していたりする)ので気になりませんが、兎が猫になっているのはかなり大きな入れ替えだと思います。どうしてこんなことになったのかは分かりません。猫人気のなせる業なのかもしれません。とはいえ、全世界的に見れば、猫十二支はごく少数派で、兎十二支が一般的なのは間違いがないようです。

 しかし、地理的に離れたベトナムとベラルーシで全く同じ猫と兎を入れ替えた十二支が伝わっているところをみると、どうも、それぞれの国で勝手にアレンジされたのではなく、本家中国かそこに近い時点で、猫入りバージョンの十二支が、マイナーながら存在していたのではないか、と思わせられますね。

   さて、猫好きのあなた、ネコ年が欲しかったあなた、嬉しいでしょうか?  次の卯年の年賀状には、干支として猫をデザインしてみるのも一興かもしれません。

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